pushkin 舞台裏

三浦篤の研究室

三浦先生イメージ

1時限目
ユベール·ロベール
《水に囲まれた神殿》

三浦先生
三浦 篤
今回3点の作品を選ばせていただきました。いろいろな時代のいろいろなタイプの作品があった方がよいでしょう。《草上の昼食》や印象派の作品はかなり論じられているので、あえてそうではない作品から選んでいます。

生徒

公式キャラクター:おじさん

おじさん

ロベールは現実の風景を描いたのではではない?

三浦先生 三浦

まずは、18世紀フランス、ユベール·ロベールの作品《水に囲まれた神殿》(画像1)。風景と言っても廃墟画というやや特殊なジャンルで、18世紀に大変流行しました。「廃墟のロベール」と呼ばれたくらい得意な画題で、人気があったのです。ロベールは10年くらいイタリアにいて、ローマを始めいろいろなところへ行っては大量にスケッチしました。今回の《神殿》の場合は、南イタリアのパエストゥムにあったポセイドン神殿ですね。

ユベール=ロベール《水に囲まれた神殿》の作品画像

この神殿についてデッサンが残っているのですが、完成作とそのデッサンを比べてみるとかなり違うんです(画像2)。完成作を見ていると、いかにもこういう神殿がありそうな感じで描いていますが、実は現場で描いたスケッチの内容はそうでないことがよくわかります。現実には、神殿は水に囲まれているわけではない……地上なんです。奥の方にバシリカ式の建築もあって、相当変えています。つまり、何を変えたのかということに注目するとおもしろい。ロベールは現実を改変しているが、何を変えたのか? 何のために改変したのか? ということが、この絵を見るときのポイントになると思うんですね。

ユベール=ロベール《水に囲まれた神殿》の作品画像

ロベールが改変したポイント

三浦先生 三浦

一番わかりやすい点が、廃墟をもっと廃墟にしてしまったということ。現実はそんなに壊れていないのに、こんなに壊して、その崩壊した形態が絵になる感じです。壊れた柱に高低差があって、波打つようなパターンとなり、いかにも廃墟です!という廃墟のイメージ。それが彼の中にあって、現実の建物に接したとき、さらに廃墟にしてしまった。そのイメージを描きたかったわけですね。それがまず一番大きな変更です。

さらに、後景にあるバシリカ建築を排除し、周囲を海にしたのが、次の大きな変更点ですよね。飛び石伝いにいけるというのも完全に演出です。あと大きく変えた点が二つあります。一つは空の感じです。これはデッサンだから色味はわかりませんが、より明暗の対比があってダイナミックなかたちにしているんですね。明るい部分と暗い部分というようにコントラストを付けて空に動感を与えている。それと、前景にもう一つ別の廃墟をいれたのも大きな変化です。

ユベール=ロベール《水に囲まれた神殿》の作品画像
草がたくさん生えていますね。
三浦先生 三浦

はい。この辺に住んでいる人の小屋でしょう。それを廃墟にしたのは、格調高い廃墟画を構成したかったからです。古代の建築が朽ち果てて、今の人々の目に触れている…廃墟の美学ですよね。滅びゆくものの美というか。それをより強調し、増幅して表現したかったがゆえに、相当な改変を加えている。手前にこういうもの〔小屋〕を置くのは、ルプソワールという専門用語がありますね、美術史では。手前に何かものを置いて、主役はその向こう側にある。手前にあるものを通して、中心が引き立つように配置する、これをフランス語でルプソワールと言います。こうやって見ていくと、この絵は本当に演出過多で、それはロベールにとっては普通なんだけれど、相当工夫して絵にしたということです。現実をそのまま描いても絵にはならない、廃墟画にするのはかなり演出、改変が必要だということがわかります。

このような絵が生まれる背景を考えると、当時、崇高という美意識が生まれ始めていた。つまり古典的な美学とは違う新しい崇高の美学、雄大な自然とか古代のモニュメントとか、ヒューマン·スケールを超えたものに対する崇高(サブライム)という美意識を指摘できるかもしれない。ただ、私はそれだけではなく、広い意味における「ピクチャレスク(絵になる、絵のような)」という美意識があって、廃墟画もある意味そのなかに含まれると思うのです。汎ヨーロッパ的な意味で「ピクチャレスク」に近づいていくような、そういう作品でもあると思います。全体に小ぶりな絵で、ちょっと面白味のある、まさに絵のような楽しい廃墟画という意味で、ピクチャレスクの美学とも通じ合う部分があるのです。実際、これだけさまざまな工夫をしなければ絵というものは成立しえなかったわけですね。人物も大人数をあちこちに配置していています。泳いでいる犬もいるし。1、2、3(中略)少なくとも20人はいるんですね。ちっちゃな絵なんですが20人もいて、プラス1匹ですね。多様性というか、バラエティを付け加えているという意味で、とてもおもしろい絵だと思います。典型的な18世紀の廃墟画と言えるでしょう。

この作品は、個人の部屋に飾られたりしたのでしょうか。
三浦先生 三浦

この大きさだったらそうでしょうね。やはりそういったものを好む人がいたわけで、売れなければ描きませんから(笑)。ロベールの有名な廃墟画としては、ルーヴル美術館が廃墟になったものを描いていて有名ですが、当時の趣味というか、流行に則ってこういう作品をたくさん描いたわけですね。現実を素材にしたある種虚構の風景としての廃墟画、18世紀にしか見られないような典型的な作品ですよね。

廃墟画としての理想の風景

実際、この神殿を見に人が集まっていたのでしょうか。
三浦先生 三浦

どうでしょう。でも、このデッサンを見る限り、その感じはあまりないですね。当時考古学がブームになって、古いモニュメントに関心のある人とか専門家のような人は見に行ったでしょうが、ここが観光地になっていたかどうかはわからないですね。

先生が先ほどおっしゃったように、ここに住んでいる人がいたとすると、日常生活は排除して自分の好きなようにアレンジしたんですね(笑)
三浦先生 三浦

そうですね。最初はそういうモチーフを描いたわけだけど、それじゃ廃墟画として格調がなくなってしまうでしょうね。卑俗な感じになりますから。

理想の風景にしたんですね。
三浦先生 三浦

まさに廃墟画としての理想の風景ですよね。時の流れも感じさせるし、西洋絵画にメメント·モリ(死を忘れるな)、ヴァニタス(生の虚しさ、すべてのものは朽ち果てる)という考え方が昔からあり、静物画で表現されますが、ある意味それを廃墟画でやってみせた感じもありますよね。どんなに栄光に満ちた文明でも、やがて衰退し、朽ち果ててしまうのだという、そういう意味ではヴァニタスやメメント·モリに通じるものがあると思います。

ヨーロッパの古代文明を称揚したのかな、と思ったのですが。
三浦先生 三浦

当然それもあります。古代のモニュメントを称揚するというのは、もちろんあると思います。そういった由緒あるモニュメントでなければ描かないし、古代に対するリスペクトは当然なんです。ただ、それをそのままリスペクトするのではなくて、こういうかたちで、やや屈折してますよね(笑)。かつての偉大な文明も、最後はやっぱりという……。ただし、廃墟画もあるけれども、古代のモニュメントを組み合わせて描いた作品もありますから、絵の中にあるのは必ずしもすべて廃墟というわけでもないのですが、とはいえノスタルジックな廃墟が多いのは確かです。当時遺跡として残っているのは、多かれ少なかれ廃墟ですから。

この人たちは古代ローマの人ですか? 古代風の衣装?
三浦先生 三浦

廃墟になっているから、大部分はロベールと同時代の人だと思います。〔左手に描かれた赤い衣服を付けた人物を指して〕これは、もしかしたら古代風の衣装かもしれないけど、〔前景の人々を指し〕この辺は当時18世紀の服装であってもおかしくない。基本的には18世紀、当時における現代の話だと思いますね。

ユベール=ロベール《水に囲まれた神殿》の作品画像
この赤い衣服の人たちだけ浮いているように思います。時代も屈折している気が……。
三浦先生 三浦

たしかに気になりますね。絵を描いているのか、何なのか。……梯子をかけて上っていますね。他の人たちとはちょっと違う感じがありますよね。いや~、これは調べたら何かわかっているかもしれません。私もロベールの専門家ではないのでわからないのですが、これは異次元の人物かもしれないですよ!

おもしろいですね!
三浦先生 三浦

これ、確かに遺跡を描いている人物なのかな、という気がしなくもないですね。いや、これはやっぱり調べてみないと……。ところで、おしゃべりは楽しいのですが、このまま載せるわけにはいかないですね(笑)。最終的にどうまとめるんですかね?

編集なしです(笑)。では2時限目へいきましょう!
学術協力

三浦 篤さん

東京大学教授

「夜明け前がいちばん美しい」。かつてプーシキン美術館でモネの《草上の昼食》を目にしたとき、思わず口にした言葉です。ここにはまだ印象派の画家として花開く前のモネがいます。二十代半ば、恋人カミーユと出会い、ルノワールやバジールら若い仲間たちと一緒に画家を目指す、青春真っ只中のモネ。《草上の昼食》には、1860年代半ばの初期印象派の魅力がいっぱい詰まっているのです。

三浦先生